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野方配水塔

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野方配水塔

野方配水塔


野方配水塔は、関東大震災以降、東京市近郊
の人口が増えた為、従来の井戸水では供給が
まかなえなくなると言うことで、多摩川から世田谷
の喜多見で引水した水を浄水して、増える続ける
東京の人々の飲用に用いよう、ということで、
豊多摩、北豊島両郡の町々が連合して、
大正12年に荒玉水道組合を設立し、
3500トンの容量がある、野方配水塔を
建設したものです。

この、野方配水塔の設計は、現在の新宿西口の
高層ビル群や新宿中央公園に造られてあった、
淀橋浄水場を手がけた、近代水道の父と言われる、
中島鋭治博士(安政5年生まれの大正14年没。)
によってなされました。
博士の死亡後、設計は、西大條覚氏が引き継ぎ、
野方配水塔は、昭和2年に着工され、昭和5年に
完成しました。

現在の無駄を排した、配水塔であれば、ドーム型の
屋根や、屋根の上の装飾品的な、東屋は造らないで
あろうが、アメリカに渡りその後、ドイツで衛生工学を
学んだ、中島鋭治博士のデザインならではのもので、
当時のムードを漂わせるすばらしいデザインである。

野方配水塔は、東村山浄水場が出来るまでの昭和
41年まで、配水塔の役目を担っていましたが、その後、
その役目を終えた、給水塔を含む敷地は、中野区に
所有権が移転し、その敷地に水の塔公園と、隣接
する水の塔幼稚園を造る事になり、野方配水塔は、
一時、解体する計画がでました。

しかし、高さは、33.6メートル、
基部分の直径は、約18メートル、
配水塔の基礎部分の厚さ9メートルもある、
関東大震災の経験を活かした
鉄筋コンクリート造りなので、そうとう、解体費もかなり
かかるという事なので、野方配水塔は、
解体せずに現在も、2000トンを貯水する
災害用給水槽として、利用されています。

ちなみに、
野方配水塔の他にも、この当時に造られた、配水塔は、
同組合の板橋区の大谷口配水塔と、
世田谷区の渋谷町の駒沢配水塔があります。





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