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善福寺公園 遅の井 西武新宿線

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善福寺公園 遅の井 善福寺公園 市杵嶋神社 善福寺公園 内田秀五郎翁の銅像 善福寺公園 水鳥

善福寺公園 遅の井
ぜんぷくじこうえん おそいのい

善福寺池の上の池に浮かぶ、中島に市杵嶋(いちきじま)神社と呼ばれる弁財天がある。その弁財天のあ中島の真向かいに、遅い井と呼ばれる小さな滝のように湧き水が流れ出している場所がある。善福寺公園にある善福寺池をはじめ、武蔵野台地にある、武蔵野名池の特徴は、地底や水辺からの湧き水が水源になっているところなのです。特に、武蔵野台地は、粘土、砂などの混じったローム層に阻まれた、雨水が、台地の切れ目や段差のところから湧き出し易く、切り立った谷から滝のように、水が湧いているの遅い井は、その特徴が良く現れていると思える。
地形からすると、遅い井から、その上の住宅街になっている台地までは、やはりかなりの高低差があります。そのような訳で、遅の井は、自然の湧き水かと思いましたが、現在は、凅れてしまったので、井戸を掘ってポンプで汲みあげているのだそうです。それにしてもリアルな作りではあります。
もともとは、どのような形で湧き水が湧き出していたのかは、分かりませんが、この湧き水は、源頼朝が奥州征討の為にここに宿陣をはり、氏神八幡宮に奥州征討を祈願し、奥州征討を果たした後、この場所に戻ったところ、折からの干ばつで水が無く、軍勢が渇きに苦しんでいたところ、源頼朝が、弁財天に祈願し、自ら弓ので、地面を7箇所突ついて掘ると、そこから、水が湧き出したとのことです。
そして、この湧き水は、このとき軍勢が水が出るのが「遅いのう。」と、言い水が出るのを待ちわびたことから、「遅の井」と呼ばれるようになったとのことです。
それで、その後、お礼に、江ノ島弁才天を勧請してこの地に祭ったと言う市杵嶋(いちきじま)神社があるという事であります。また、この市杵嶋(いちきじま)神社の弁天さまは、その後、雨乞いに霊験あらたかと言われ、江戸時代には、善福寺池の弁天さまと呼ばれ、昭和24年くらいまで、雨乞いの行事が行われていたとのことです。
竹筒2本に、池の水を汲み、竹竿に結わえて、担ぎその後ろを菅笠をかぶった村民が太鼓をたたいて、「ホーホイ、ナンボエー。」と、唱えて行進するというものだったそうな、いかにも雨乞いも効きそうな、掛け声である?
古くは、練馬、中野辺りの村々からも雨乞い祈願に来たと言うのだから、そうとうな、賑わいを見せていたと想像できる。
また、善福寺池という、名の由来は、善福寺と万福寺というお寺があり、そのひとつから、名前を頂戴したとのことなので、現在、池の東の方角に、善福寺というお寺があるが、当時、お寺はこの池の西側の丘にあったとされているので、丁度、遅野井の上の住宅街の丘あたりにあったのではないだろうか・・・。
■善福寺公園 内田秀五郎像
善福寺公園、上の池のボート乗り場そばの木立の中に、明治から大正時代のこの辺り、井荻村という村の村長さんである内田秀五郎氏の銅像が立っています。当時、この周辺の道路整備や、区画整理に尽力をつくされた方だそうで、妙正寺公園のある、西武新宿線の「井荻」駅周辺の土地の整備も行われたそうで、いろいろなところに、お名前が出てくる方です。

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